自動書記ならぬ自動印相

今日は色々と不思議なことが起きたのですが

その中でひとつお話ししたいと思います。

地球の皆様の意識の進化度合いとの

バランスをとるため

定期的に

「この方針でよいだろうか?」という

確認が必要になりますので

最近は、こんなことを考えていました。

私は過去に

スピリチュアルや、ビジネスなどの

講座を開いていました。

しかし、

真剣に話を聞いていただけた方は

爆発的に幸運をつかみましたが

真剣に聞いていただけることは少なく、

真剣に聞いていただけた方の中でも

超能力・経済力などを身に着けて

傲慢になってしまう方もいらっしゃいました。

そして

現在のブレスレットやヒーリングでも同じように

ご利用規約などの説明を

お客様に真剣にお読みいただけるとは限りません。

「お客様に

ご利用規約・ご利用ガイドなど

お伝えしたことを

1つ1つ丁寧にお読みいただき

学んでいただければ

想像を超えるような幸運につながるのだけれども

どうしても、きちんとお読みになる方ばかりではない。

そもそもこういう記事をブログに書くことを

神様たちは勧めているのだろうか?

他の話題のほうが良いのだろうか?」

と、

ここ最近思っていたところなのですが

なぜか自動的に右手で

親指と人差し指をつけて、

ほかの指をはなして

手を前に向けるポーズを

自動的にとっていました。

この時

最初に

チャネリングで言われたのは

「これは1つ1つの教えを理解することが

すべての宇宙の真理への理解へと繋がる

という意味です」

というメッセージでした。

「どこかで見たことがある形だぞ」

「仏像でこういうのを見たことがある」


と思い、

調べたところ

こちらでした。


画像はウィキペディアからお借りしました

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B0%E7%9B%B8

説法印という名前は後で調べてわかりました。

お釈迦様が最初に説法をなさった時のポーズなのだそうです。

そして

お釈迦様が説法を始められる前のエピソードが偶然か必然か

検索結果に表示されました。

それがこちら

「梵天勧請
成道した直後の釈迦は当初、仏法の説明は甚だ難しく、衆生に教えを説いても理解されず徒労に終わるだろうと、教えを説くことをためらったとされる。『マハー・ワッガ』をはじめとする初期仏典には、沈黙を決した釈尊をサハンパティ梵天(brahmã sahampati)が説得したという伝説(梵天勧請)が記されている。

梵天の懇請を容れた釈迦は、世間には心の汚れの少ないもの、智慧の発達した者、善行為を喜ぶものもいることを観察した上で、最終的に法を説くことを決意した。(「甘露の門は開かれたり 耳ある者は聞け」に始まる有名な偈はこの時説かれたとされる。)」

ウィキペディアより

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%9D%E8%BB%A2%E6%B3%95%E8%BC%AA

そうなんですよね。

宇宙の真理というのは

難解なので

人に説明しても

皆様全員に真剣にお読みいただいたり

ご理解いただけるかわからないし

私もお釈迦さまと同じく徒労に終わるかもしれないと思ったことがあります。

その時は

普通の主婦になろうと思って

アルバイトを始めたのですが

結局

チャネリングで

「戻ってください」と言われ

またスピリチュアルな道に戻ることになりました。

先ほどお話ししましたように

お客様の中に

真剣な方、感性の高い方、素直な方も、

時には、いらっしゃいます。

少しでも前に進める人が増えれば

少しでも地球全体の意識の底上げになりますから

やはり少しでもこの世のお役に立てるかもしれないと思いました。

お釈迦様も同じように最初はお迷いになり

梵天様の勧めで説法を始められたのですね。

お釈迦様のようなレベルにはまだまだ程遠いですが

なんだか仲間がいるような

励まされているような気がしてうれしいですね。

少しでもこの世の光が増しますように

心よりお祈りしております。

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